オリンピックを観ていると、選手全員を尊敬しすぎて崇め奉りたくなる。
私は家族の影響でフィギュアスケートばかり観るので、今回はフィギュアスケートの話になってしまう。
今大会で多くの選手がメダルを獲られたことをきっかけに、過去のフィギュアスケートを見返してみた。そして改めて思った。圧倒的な努力をした者だけが見られる世界がある、と。
スケート選手には様々なタイプがいる。若くして活躍する選手、大器晩成型の選手。ダイナミックに踊る選手、繊細に踊る選手、などなど。また、選手としては成績を残さなくても、コーチや解説者として活躍する方もいる。
前提として、舞台に立っている時点で、全ての選手が才能以上の努力をしているはずだ。だがその中で成績を残す人というのは、さらなる努力をしているのだと思う。ただでさえすごい人が、自分よりすごい人を見て、学んで、真似して、さらなる高みを目指している。
あくまでも私の一意見だが、若い選手は体が軽く、ジャンプを飛びやすい。体力もあるし。そして緊張しにくく、度胸もある。だから、ぽっといい成績を残せたりする。
でも、そこで油断して努力を怠れば、体つきが変わったり、周りが成長したりする中でスランプに陥る。そしてそこで諦めてしまい、良い成績を残せず消えてしまう人もいる。
一方で、若い頃の成績に関わらず、周りから吸収し、自分と向き合い続け、逃げずに努力を続ける人は、長く成績を残している印象がある。続ければ続けるほど経験値が増える。困難を乗り越えるたびに演技に深みが出る。独自性が生まれ、観客の心を動かす演技ができるようになる。そういう選手の演技は本当にすごくて、観るだけで涙が溢れたり、高揚感がとまらなくなったりするのだ。
そして、長く続ければ続けるほど応援者が増える。応援者が多いと、自分が頑張る糧になるだけでなく、場の空気を味方につけることができる。
本番はショートとフリーを合わせても、せいぜい7分程度。
残酷なことに、何千時間の練習が、その数分で評価される。
メンタルコントロールに失敗すると、本番に実力を100%発揮できず、ボロボロになってしまうこともある。練習では完璧だったのに!
怪我をしたり、靴が合わなかったりなど、どれだけ準備しても予想外は起こる。
ちょっとした重心の違い、ほんの少しのメンタルの揺れで、演技は大きく変わる。
だから、やり方が体に染み込むまで何度も何度も繰り返す。毎日毎日朝から晩まで練習する。圧倒的な練習量のみが、本番での安心感を生む。本番では考えなくてもできる状態になっているし、もし失敗したとしても、「これだけ頑張ったから仕方ない。やり方を改善して、次こそは勝とう」と思う。
努力はしんどい。今日は練習に行きたくないなと思う日もある。スランプから抜け出せない時もある。孤独な時間がたくさんある。
それでも結局勝つためには、自分で自分を奮い立たせて、とことん自分と向き合うしかない。結局は、どんな選択も自分で決めるしかない。
私みたいな素人は選手たちにはまっっっったく及ばないが、少しだけ実感したことがある。私は3歳〜18歳までピアノを習っていた。発表会前に毎日死ぬほど練習した年は、本番でどれだけ緊張しても、手が勝手に動いた。逆に、練習が足りなかった年は、失敗して頭が真っ白になった。
どの分野であっても、何かを達成するためには、能力以上の圧倒的な努力が必要なのだ。
ビジネスで言えば、ピッチの練習や、日々の積み重ねによるノウハウと経験の蓄積か。それが自信につながり、周りを動かす力になる。
彼ら彼女らには到底及ばないが、追いつくつもりで、逃げずに自分と向き合い続けたい。ひたすら努力し続けて、自分の目標を達成したい。そうした先に、今までに見たことのない世界が待っているのだろうか。私はそれを見てみたい。