
弊社名「loco y tanto」の意味は
「Crazy and more…(常識を超えて、もっと先へ / もっとクレイジーに)」である。
loco=スペイン語で「crazy」
y=スペイン語で「and」
tanto=イタリア語で「more」。
(言語混ぜてごめんなさい)
現代に生きる人間は、いろいろな場面で制限を受ける。
「人を殺さない」「痴漢しない」みたいな、社会の秩序を守るために最低限必要なものも、もちろんある。
しかしあまりにも制限が多い!
人間の本能、本来の創造性、衝動、好奇心。
それらが「常識」や「空気」、「こうあるべき」によって押し潰されてしまっていると感じることがある。
例えば、「学校に行って、同じ時間に、同じ場所で、同じ内容を勉強して、、」という常識。
学校に行かないほうが勉強して好きなことしてクリエイティブになれる人もいるはずなのに、それは義務教育として規定される。いろいろな理由を持ち出されて、「学校は行ったほうがいいよ〜」と言われる。学校に行かないと誰かから「なんで行かへんの?」と聞かれる。(学校嫌いがバレそう…)
他にもある。これは特に日本人に当てはまるが、ルールとして明文化されていないのに、守らないといけない(ように見える)規律もある。マナーとか言われる。あんなことやこんなこと、したいことがあっても、「でもまわりの目が気になるしな〜」でやめてしまう。私は、誰かのことを思いやる自発的な衝動は大事にしたいが、「マナーやからやらな。」は違う気がする。
人間は必要以上にルールや他人の視線に気を取られる。
でも、動物たちは違う。
人間世界で暮らすペットたちは、受け入れなければならない制限もある。でも、野生動物を含め、多くの動物たちは本能のまま生きている。本能を研ぎ澄まし、欲求に正直に、今を全力で生きている。
ちなみに、野生の世界 / 動物の世界にマナーがないとは思わない。みんな、地球に生きる一動物として、秩序を守り、他者を気遣っていると私は思っている。それは、一種の自発的な衝動だ。(ライオン:「自分が狩をしすぎたら生態ピラミッドが崩れる!」みたいな)
そんな動物たちの世界を、人間も少しは参考にしたい。
理性を押し殺さず、常識を超えた先に見えてくるものがあるはずである。自分の欲に正直になる。何かに狂ったように熱中する。一見意味がなさそうなことに、全力で時間を使う。全身で愛情を伝え、受けとる。
むしろ理性を押し殺すことを制限したほうがいい。
自分の衝動で突き進み、自分の衝動で誰かを気遣う。他人からの強制でなく。
これができたら、世の中はもっと豊かになりそう。
そんな熱い想いを込めた名前だが、聞き取りづらく覚えづらい!!
電話では必ず、「えっ、すみません御社名もう一度お願いします。」と言われる。
いやいやこっちが申し訳ない。
そんなややこしさもひっくるめて、私は「loco y tanto」が大好きなのである。