Day8. 発信にまつわる葛藤

私は、アウトプットが苦手だ。SNSも苦手だ。

まずアウトプットについて。
小さい頃から友達と対話することを避けてきた。勉強でも部活でも恋愛でも、自分が納得のいく状態になってから共有する癖があった。悩みがあっても、自分で解決した。

また、自分の意見を発することに対しても消極的だった。経験も知識も足りない、不完全な自分が何かを語ることは意味をなさないと思っていた。私の語りを聞いても、80歳のおばあちゃんからしたら「君はまだまだ若いの〜」みたいなかんじだろうか。

次にSNSについて。
双方向のSNSは、時空が歪む。
時間について、メッセージを送ってくれた「過去の相手」と「今この瞬間の相手」は、同じであることはあり得ない。状態も、気持ちも変化しているだろう。だから返信しようとしても、誰と会話をすればいいのかわからなくなる。

空間について、自分が存在しているこの場所には違う人がいるのに、ワープして遠く離れた相手と会話をすることに違和感を覚える。距離が離れている相手に、どうやって自分の意図を正確に伝えればいいのか。同じ場所にいても難しいのに。

時間も場所も離れている相手に、どんな返信をしていいかわからない。この文章は違うな、この文章も違うな、など書いては消してを繰り返すうちに、返信できなくなってしまう。


一方通行(発信型)のSNSは、広い層に届けることを意識すればするほど、どうしても内容が浅くなってしまうような気がする。

尖れば尖るほど、深く語れば語るほど、ターゲットは狭くなる。だが発信する以上、どうしてもフォロワーやいいねを追い求めてしまう。結果的に、SNSはみんなが同じようなことを語る場として収斂されてしまう。


こんなふうに色々な言い訳を並べては、SNSを「続けない理由」をつくってきた。
SNSが溢れるこの時代に生まれたことを、後悔さえした。

1年前、インスタを毎日投稿しようと試みた。一瞬で挫折した。次に、せめてThreadsなら続けられるだろうと始めたが、挫折した。その次に、ポッドキャストをやってみようと思った。録音だけして、発信さえできなかった。

それでも、私は発信は続けたい。(わがまま)
その根底にあるのは、自分一人で夢を叶えることはできない、という考えだ。

私は、世界中の動物を幸せにしたい。愛犬バンビにも、バラナシの野良犬にも、セレンゲティ国立公園のチーターにも豊かに生きてほしい。世界中なので、自分の短い人生を全て捧げても、一人で達成することは不可能だ。

達成するための必要条件は、一人でも多くの人に共感・応援してもらうことだと思う。お金でも時間でもなく、想いを理解したうえで、同じ方向を向いてくれる人を増やすことだ。

だから、どれだけアウトプットが苦手でも、どれだけSNSが苦手でも、発信を続ける。

ある先輩が言った。「SNSという、自分の想いを何億人にも無料で届けられる媒体があるのに、これを生かさないてはないでしょ。」と。おっしゃる通りです。弱音吐いてごめんなさい…

発信方法について、ブログみたいな文字だけでなく、声に乗せて届けた方が、より多くの人に想いを伝えられると思う。だから、ブログにもう少し慣れてきたら、インスタやTikTokにもう一度挑戦したい。