Day20. 死に対する恐怖

人間は生まれた瞬間から、いずれ死ぬ運命を背負う。
どんなに権力があっても、どんなにみんなに慕われていても、どんなに億万長者でも、死ぬ。その恐怖にどう打ち勝てばいいか、私は毎日考えてしまう。

よく、大切な人が死ぬ夢と、これまで死んでいった大切な人が生き返る夢を見る。

ふとした瞬間に、彼らの顔を思い出す。そして、とんでもなく恋しくなる。
大切な人は、その人がどんなに不完全な人間でも、どんなに憎らしい人間でも、生きているだけで充分なのだ。

愛犬が死に、インドを旅行しているとき、なぜ宗教が生まれたかを考えた。
それまでは、宗教は自分が死ぬことに対する恐怖を和らげるために生まれた、と思っていた。でも私にとっては、自分の死より、大切な人の死の方が何億倍も怖い。死という強大な力の前に自分は何もできず、無力感に苛まれる。自分が永遠に元の生活には戻れないのではないかと思ってしまう。

でも私たちは、生きている以上、生きていかなければいけない。
だから、この世界において信じる何かが必要である。

特に人間は、あることないことを想像できてしまう、おそらく唯一の動物である。何ともないような顔で暮らしているが、誰しもが、大切な人が死んでしまう想像をする。死が必然である以上自然の摂理には反するかもしれないが、宗教が多くの人間を救っているのは間違いなさそうだ。

他人の死に対する恐怖というのは、自分がその人に会えなくなるという、最終的には利己的な恐怖である。だから結局、宗教というのは自分を救うものである。あくまでもその過程には、意外と他者が深く関わっているのかもしれない、と思った次第。特に疫病が広まったタイミングとか、戦争中とか。

私は多くの日本人と同じように特定の宗教を持たないので、宗教の感覚をしっかり理解しているわけではない。だから、上記はあくまでも私の意見である。
でもこんなふうにぐるぐるもやもやして、自分が死への恐怖に打ち勝つ方法を常に考え続けたい。(悲しむことがダメなわけではなく、感情を処理する方法を学びたいという)

人間の永遠の課題か。

投稿者: サカガミ

犬と旅を愛する起業家。 2002年京都に生まれ、幼い頃から犬とともに育ってきた。犬種図鑑を隅から隅まで覚えているほどの「犬オタク」である。 愛犬の死をきっかけに、2024年4月、早稲田大学在学中に学生起業。 また、2021年に動物保護活動を始め、譲渡会や講演会の開催、募金活動などを、広く楽しく行っている。 新しい世界を知ることが大好きで、バックパッカーとして、総計20カ国以上を周っている。 遠吠えフェチ。

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